「罪を犯しません」(ヨハネの手紙第一3:6,8,9)

2010年7月12日

これまでヨハネの手紙第一3章6、8、9節で「罪のうちを歩む/歩みません」と訳されていたものが、第三版で「罪を犯す/犯している/犯しません」と変わりました。これらはハマルタノーという動詞、あるいは動詞ポイオーと名詞ハマルティアの組み合わせで、いずれも単純に訳すと「罪を犯す/犯さない」となります。

ヨハネはクリスチャンでも罪を犯すことがあるとしています(1章8節、10節、2章1節)。そこで第二版は、3章6節以下が罪一般ではなく「習慣的な罪」を犯さないと教えていると理解し、「罪のうちを歩む/歩みません」と訳したものと思われます。確かに文法的には可能です。しかし「習慣的な罪」とそうでない罪の区別はあいまいです。また習慣なら必ず「歩む」と訳すわけではありませんから、この個所だけそうするのは不自然です。それに、このように訳すと他の可能性を始めから締め出すことになります。

他の可能性としては、クリスチャンは意図的に神に逆らうことはしないと教えているという解釈があります。敬虔な信者でも意図的に罪を犯すことが全く無いとは言い切れませんが、考慮すべき見解でしょう。あるいはまた、クリスチャンは本来罪を犯す者ではないと述べているという見方もあります。神の子の本質、理想の姿が語られているというわけです。合わせて、罪を犯さない者に変えられて行くようにという願いもこめられているという指摘もあります。本文からただちに読み取れるかどうかはわかりませんが、考察に値します。

こうした可能性を考えると、説明的で、始めから解釈を限定することになる第二版の訳よりも、「罪を犯す/犯しません」とう単純な訳の方がすぐれていると思われます。