「03年合意書」の意味

2010年7月12日

まず出版社との合意書再締結のことから説明いたしましょう。

この「03年合意書」は「96年合意書」の精神に基づくもので、それによりますと、新改訳聖書の著作権は、2008.1.1.をもって翻訳者側に返還されるという内容のものです。なぜそのような契約が必要だったのかを説明するためには、どうしても裁判のことに触れなければなりません。

皆さんが持っておられる新改訳聖書の表表紙の裏側に(c)Lockmanという記号が付いているでしょうか。もし第一版のままでしたらそうなっているはずです。第二版の場合でも初期のものには付いています。しかし、最近のものにはその記号は付いていません。それには次のような理由があります。

実は、新改訳聖書の翻訳に際して多額の(総必要額の46%)献金をして下さった(1966年8月で献金は停止)ロックマン財団の責任者が代替わりしたときに、財団は新改訳聖書の著作権がロックマン側にあるとの理解に立って、アメリカで、TEAM宣教団体に対して訴訟を起こしました。その訴訟は退けられましたが、それとの関連で、日本では、新改訳聖書がロックマン財団が出版していたNASB英語訳からの翻訳ではなく、ヘブル語・ギリシャ語原典からの翻訳であること、それゆえ著作権は日本人翻訳者側にあることを確認して欲しいと裁判所に訴えなければならない事態が生じました。それで、翻訳者側を代表して舟喜先生が多大な時間と労力を使って、新改訳聖書が日本で出版差し止めにならないように、TEAM側と協力して、献身的に努力して下さったのです。

事を非常に複雑にしていた要因に、当初、新改訳聖書委員会の議長K.マクヴィティ氏(後に新改訳聖書刊行会の委員長)が上記の宣教団体の事業部門である出版社側の代表でもあり、同時にロックマン側のパイプ役を務めていたということがあります。三つのグループ(翻訳者・出版社・財団)の責任ある役割を兼務しているうちに、必ずしも悪意ではなかったのですが、著作権の法的知識に乏しかったために、その方は間違った契約を結んでしまったのです。

アメリカで裁判が起きるまで、日本人関係者は新改訳聖書の訳業完成のための委員長並びに出版社側の並々ならぬ経済的努力に謝意を表し、自分たちの権利は極力主張せず全てを委員長に一任して、著作権のことや出版契約のことは余り自覚していなかったという事がありますし、宣教師側も主のみ言葉が日本の教会に広く用いられるようにとの思いでいたことは事実だと思います。

しかし、この方は、法律的には矛盾のあるメモランダム・アグリーメントとライセンス・アグリーメントという二つの契約を締結してしまいました。前者は、1962年に新改訳聖書刊行会とロックマン財団との間で結ばれた契約で、ロックマン財団が聖書翻訳の業のために資金を供与するという合意書でした。一方、後者は、1969年にロックマン財団といのちのことば社との間で締結された契約書で、ロックマン財団が新改訳聖書の著作権を有することを認めるというものです。その上で、いのちのことば社が、新改訳聖書の出版・頒布のライセンス(許可)を付与されるという合意書になっています。言い換えれば、マクヴィティ氏は、新改訳聖書刊行会の委員長として五人の日本人委員(堀川勇、牧瀬雄吉、羽鳥明、舟喜順一、松尾武)との連名でメモランダム・アグリーメントに署名しましたが、7年後には、日本人翻訳者たちの預り知らぬ所で、新改訳聖書刊行会の代表としてではなく、出版社の代表としてライセンス契約をしました。しかし、出版社にはこのような契約を結ぶ権利はなかったのです。

このことが日本人側に明らかになったのは、1994年3月24日、舟喜順一先生が裁判所に証人として立たれた時でした。裁判が長引く可能性があることと出版社が「(c)Lockman1963, 1965, 1968, 1970」という記載を1987年まで続けてきたために時効取得ということもあり得るという主張がされたりしたことなどから、裁判所の和解勧告を受け容れて、1996年に結審となりました。

和解金支払いのために宣教団体は多額のお金を立て替え、そして、その立て替え分返済に、新改訳聖書刊行会は毎年の印税分を当てるという「96年合意書」が、宣教団体と新改訳聖書刊行会との間で誠意をもって取り交わされたのでした。この立替金返済が終わるまで、TEAMが、そして2003年から2007年末まではいのちのことば社が著作財産権を有することになり、今日に至っています。

しかし、新改訳聖書刊行会は、著作人格権者として、翻訳内容に対して責任と権利を持っているわけです。このような背景を持つ「96年合意書」は、この度、スウェーデン同盟キリスト教団の事業部となった「いのちのことば社」と「中間法人・新改訳聖書刊行会」とのあいだで、「03年合意書」として再締結されたのでした。日本の教会は、新改訳聖書の著作権をめぐる一連の訴訟から何を学ぶことが出来るでしょうか。外部の商業的圧力から新改訳聖書の著作権を守るために、心血を注いで戦われた舟喜順一先生のご労苦を私たちはどのように受け留めるのでしょうか。

私は、これらすべての背後に、ものごとを摂理をもって導かれる歴史の主がおられることを強く感じます。新改訳聖書がこのような妨げと試練の中にあっても守られ、これまで日本の教会に広く用いられてきたことの背後には,先輩たちのご尽力があったことを思います。このような経緯の後,新改訳聖書がこの度16年ぶりに改訳され,「第三版」が出版されたことの意味は非常に大きいのです。やがて四年余りしますと、著作権が翻訳団体である新改訳聖書刊行会に完全に返還されます。日本の教会は、これからの聖書翻訳の働きのためにこれをどう生かすのかが問われています。