新改訳2017 特徴

新しい「聖書 新改訳2017」には、以下のような特徴があります。

1.翻訳理念の継承による改訂

従来の日本語の聖書翻訳においては、それまで使用されていた翻訳聖書の翻訳理念が受け継がれずに、全く新しい形で翻訳がスタートする、という形が常でした。そのため、大正改訳 → 口語訳のように、翻訳原則そのものが変更されるということも起こっていました。新改訳2017はこの反省に立ち、一つ前の第三版までの大きな翻訳理念を継承し、その上であらたな時代に相応しい訳として大改訂を行う、という方針を執っています。今回の大改訂では、聖書全体33,000節のうち、9割の節に何らかの修正や変更が加えられています。

その一方で、第一版以降の日本語の変化や聖書学の進展などによって、変えるべき点も多々生じています。そのような場合には、思い切って変えるという方針も採っています。以下では、上記の両面において、具体例を挙げながらご説明致します。

2.第三版から継承した特徴

ですます調を採用

第三版までと同様、「ですます調」を基本とする方針を維持しています。ただし、従来の訳で過度に丁寧になっている箇所については改める作業を行っています。

漢語よりも和語を大切に

新改訳聖書の特徴の一つとして、初版のときから、漢語よりも和語を大切にするという原則がありました。例えば、「腹を立てる」という表現を「憤慨する」と訳したりはしませんでした。この原則は、今回の大改訂でも継承されています。

あえてひらがな表記で残した語の存在

神に関する表現は、これまでどおりひらがな表記にしています。具体的には、神や主イエスが自らに言及なさるときは「わたし」、私たち人間の場合は「」と訳し分けています。また、「ことば」「いのち」「みこころ」「さばき」「あかしの箱」「たましい」「からだ」「わざわい」など、聖書で使われる意味が一般の意味と異なる場合や、新改訳の雰囲気を作り出しているような語の場合は、ひらがな表記にするという立場を踏襲しています。

原文が透けて見える(トランスパレントな)訳

新改訳が目指しているトランスパレント(transparent)な訳は、日本語と文章の読みやすさを犠牲にすると考えられがちです。確かにそのような側面もないわけではありません。しかし、トランスパレントであるがゆえに、原文の意味が日本語文にも鮮明に浮き上がるようにすることが可能であると考えています。原文に忠実であり、かつ日本語として自然な文章が可能である、という立場に立って、日本語の面からの検討が進められています。

3.今回の大改訂での変更

常用漢字の積極的な採用

従来の新改訳は、第一版を製作した当時の当用漢字の方針に従った部分があり、また漢字を限定的に採用した口語訳の判断を受け継いだために、ひらがなが多い文章になっています。今回の改訂では、常用漢字を広く採用したほか、漢字でないと意味が取りにくい場合や、ひらがなだと見苦しい場合にも漢字を用いています。新たに採用した漢字は多数ありますが、数例を挙げると「献げる」「支える」「幸せ」「」「大勢」、さらに「飢饉」などです。

ジャンルにあった文体を採用

従来の新改訳では、詩文と散文が文体的に区別されていませんでした。散文でも、法律、歴史などの内容に応じての文体選択が行われていませんでした。今回の改訂では、詩篇の文章を詩文的な文体にしたり、散文でも内容によって若干の違いを設けるなどして、ジャンルに合わせた改訂を行っています。

敬語の変更

第三版までにおいては二重に敬語が使われているケースがあり、そのような場合は改められています。また、人間同士の上下関係による敬語を限定的に用いる傾向がありましたが、それについても日本語で不自然な場合は改訂を行っています。

語彙・表現の変更

語彙については、新しい訳語の採用や統一などが行われていますが、日本語の観点からは、日本語の変化に対応して訳語を変える作業も行っています。「苦しむ」の意味の「なやむ」や、「満足する」の意味の「飽きる」などがそうです。このような例はかなりの数に上ります。また、ヘブル語、ギリシア語のイディオム的な表現に関しては、日本語で意味が推測できると思われる場合には、そのまま訳す方針が採られています。

文脈の流れを重視

従来の新改訳では、それぞれの節は正しい訳になっていても、節と節の間の関係が分かりにくいケースがありました。一般に、節ごとに文法的な修飾関係のみに基づいて訳出すると、節間のつながりが分からなくなる場合が多くあります。今回の改訂では、複数節にまたがる情報の流れに注目し、原文における情報の提示順序を意識しながら、訳文の検討を行っています。

日本語の変化にともなう変更

日本語は日々変化しています。このため、より分かり易い訳語・訳文に換える必要があります。例えば、「かわや」は、若い方々には「何のお店?」と思うかもしれません。そこで、「かわやに出されてしまう」は「排泄されます」と訳します。また「戒めを受けた」は「警告を受けた」、「ひもじかった」は「空腹になった」、「人をやり」は「人を遣わして」、「やかましい」は「騒がしい」、「しわざ」は「行い」、「不品行」は「淫らな行い」といった具合に置き換えます。

また、「苦しむ」の意味の「なやむ」や、「満足する」の意味の「飽きる」など、日本語の変化に対応して訳語を変える作業も行っています。

一方、「徳を高める」は曖昧で、儒教的な色合いの濃い言葉です。これは、建築用語のオイコドメオー1語を訳したもので、「徳」という名詞が使われているわけではありません。そこで文脈に応じて「人を築き上げる・育てる・高める・霊的成長を図り」といった訳語をあてることにします。

最近、世の中ではツィッターなどで広く「つぶやく」という語が行き交うようになりました。これは「小さなコメントを書き込むこと」を意味し、従来の新改訳聖書が意図していたような否定的な意味合いはありません。文脈に応じて「小声で文句を言う・不満をもらす・小声で話す」などと訳します

まぎらわしい表現の明確化

文章の途中で、「〜のために」とあると、理由なのか、目的なのか、案外分かりにくいものです。そこで、目的の場合はできるだけ「〜するように」といった表現を使って区分します。

かつて口語訳で「会堂司」と訳されていたものを、新改訳は第一版で「会堂管理者」に置き換えました。しかし、この訳語はどうしても建物の管理人という印象を与えます。会堂における礼拝や教育も含めて、全体を取り仕切っているリーダーを表すには、「会堂司」がふさわしいでしょう。

「最高議会」もまぎらわしい表現です。ローマ総督が治めるユダヤに、「議会」があるのも妙です。実は、宗教的な問題を裁くことが許されている機関ですから、他の邦訳のように「最高法院」がよいと判断しました。

旧約聖書との調整

第一版当時は、先に新約、後から旧約という時間差が生じたために、両者の間で訳語についての調整を行うことが十分にできていませんでした。一例として、旧約では「子羊」、新約では「小羊」でしたが、両者を区別しなければならない理由はありません。意味しているのは「小さな羊」であるより「子どもの羊」ですから、「子羊」で統一します。また、「孤児」(新約に二か所)、「みなしご」(旧約に四八か所)という訳語の違いもありました。これはどちらかに統一というわけにはいかず、文脈に応じて、併用します。さらに、旧約でシェオールは「よみ」と訳され、それに対する新約のハデスは「ハデス」のままでしたが、「よみ」に統一します。

今回は、旧約と新約を同時に出版しますので、新約に7ある旧約引用のすべてに検討を加えることができました。その結果、原文が対応している限り、できるだけ共通の訳語を採用します。例えば、イザヤ40章3節とマタイ3章3節は、これまで「荒野に呼ばわる者……主の道を整えよ」、「荒野で叫ぶ者……主の道を用意……せよ」と違っていましたが、後者に統一されます

簡潔で読みやすい訳文に

原文の意図を損なわない限り、簡潔で読み易い訳語を採用するよう努めました。例えば、不要な代名詞の繰り返しを避けることです。

「なぜなら それは〜からです」→「〜からです」
「答えて/説明して/叫んで・言った」→「答えた・説明した・叫んだ」

また、文の結びに丁寧な表現がある場合に、文の途中にある丁寧な言い方を省きます。

「どうか、おいでくださって、娘の上に御手を置いてやってください」

「どうか来て、娘の上に御手を置いてやってください」

このほうが「早く!」という父親の思いが伝わるのではないでしょうか

理解しやすさへの工夫

内容にふさわしい表現を使うことで、理解しやすい訳文にします。例えば

「おまえたちは白く塗った墓のようなものです」

は叱責ですから、

「おまえたちは白く塗った墓のようなもの」で結びます。

段落替えも理解の助けになります。例えば、使徒7章のステパノの説教は、2節から50節まで、まったく段落替えがありませんでした。これを9節、17節、23節、30節、35節、44節で段落替えし、読み易くします。底本のネストレ・アラント28版(NA28)と、国際聖書協会(UBS)第5版を参考にして、新約聖書全体の段落を確認します。

固有名詞(地名、人名)の変更

名詞もすべて再検討した結果、地名や人名で、広く使われているものは、できるだけそれに合わせています。例えば以下のようにです。

「マリヤ」→「マリ
「アウグスト」→「アウグストゥス
「テベリオ」→「ティベリウス
「カイザル」→「カエサル

また、地名においても同様の方針から変更したものがあります。

「アジヤ」→「アジ
「アレキサンドリヤ」→「アレクサンドリ
「クレテ」→「クレ
「アンテオケ」→「アンティオキア
「サマリヤ」→「サマリ

さらに原語の表記にできるだけ即した小さな変更を加えたものもあります。

「カイザリヤ」→「カイ
「フルギヤとパンフリア」→「フとパンフィリア」

その一方、長年なじんできた固有名詞は、他の邦訳で変更していても、変えません。

×「ペトロ」 ○「ペロ」
×「エリサベト」 ○「エリサベ
×「ファリサイ」 ○「リサイ」
×「エフェソ」 ○「エソ」
×「フィリピ」 ○「リピ」